情動粒度を高めて思考を整える|札幌国際大学・岡田先生にインタビュー
本コンテンツには、紹介している商品・商材の広告(リンク)を含む場合があります。
これらの広告を経由して読者が企業ホームページを訪れ、成約が発生すると弊社に対して企業から紹介報酬が支払われるという収益モデルです。
ただし、特定の商品を根拠なくPRするものではなく、当編集部の調査/ユーザーへの口コミ収集などに基づき、公平性を担保した情報提供を行っています。
>提携企業一覧
奥山 裕基
マネット編集担当/キャッシングガイド
FP資格を有し、カードローン・消費者金融および貸金業に関する豊富な知識を持つ編集者。関連法規(貸金業法・金融商品取引法等)の理解を深めつつ、多数のローン経験者へのインタビューや金融機関勤務経験者へのヒアリングをもとにリアルな情報収集を怠らず、自身も当サイトにおいて1,000本を超える記事を執筆。生活に欠かせない「お金」だからこそ最適な意思決定を支援したいという理念のもとに情報発信を行っている。
落ち込んだりイライラしたりしたとき、「なんだかモヤモヤする」「ムカつく」といった大雑把な言葉で自分の気持ちを片付けてしまっていませんか?
心理学において、自分の感情をどれだけ細かく具体的に認識し、言葉にできるかという能力を「情動粒度(emotional granularity)」と呼びます。
この情動粒度が粗いままでは、自分自身のメンタルコントロールが難しくなるだけでなく、他者の複雑な気持ちを理解することも困難になってしまいます。
今回は、共感や感情のメカニズムを研究されている、札幌国際大学・人文学部・心理学科の岡田顕宏先生にお話を伺いました。
「情動粒度」を高めることの重要性や、ストレス下で陥りがちな思考パターン、そして日記を活用した具体的な感情整理術について詳しく紐解きます。
「共感」の多義性と相手の気持ちを理解するメカニズム

オンラインインタビュー時の様子
本日は貴重なお時間をいただきありがとうございます。まずは岡田先生のご研究テーマである「共感のメカニズム」について教えていただけますでしょうか。

上原教授
よろしくお願いします。私たちは日常的に「共感」という言葉を使いますが、その意味合いは非常に多義的です。主に以下の2つの側面が含まれています。
 |
共感の意味合い |
- 相手の気持ちや考えを理解すること(他者理解)
- 相手を思いやること
研究や調査では、人がどの程度共感しやすいかという傾向や、相手の心を読み取る能力を測定したりしています。
「人の気持ちがわかること」と「思いやりがあること」は、必ずしもイコールではないのでしょうか?
そうですね。たとえば意地悪が得意な人は、「何をしたら相手が嫌がるか」を正確に理解(洞察)できていますが、思いやりがあるとは言えません。
また、戦争などで家族や自分の国を守るために強い共感を持つ一方で、敵に対しては共感を向けずに攻撃するといった側面もあります。誰に共感を向けるかという文脈によっても変化するため、単に「あの人は共感性が高い/低い」と一概に決めつけられるものではないのです。
怒りや感情に支配されると「熟考」をやめて先入観に頼ってしまう
人間が強いストレスや怒りといった感情に支配されると、思考や判断にはどのような影響が出るのでしょうか?
人は感情的になると、じっくり時間をかけて「熟考する」ことをやめてしまいます。深く考えていると判断が間に合わないため、過去の経験やステレオタイプ(先入観や偏見)に基づいた素早い判断に頼ろうとするのです。その結果、安易な方向や極端な行動に走りやすくなります。
お金の悩みや借金問題などでも、「いかに目の前のお金を手に入れるか」ということばかりに意識が向きがちになります。本当はそれ以外の解決方法もあるのに、視野が狭くなってしまうのです。
感情的になって思考が偏っているとき、自分でそれに気づくのは難しいのでしょうか?
感情的になっている渦中で自分を客観視するのは非常に難しいです。そのため、普段から自分の傾向を理解しておいたり、周囲の親しい人に「今ちょっと感情的になっているよ」と指摘してもらえたりするような関係性や状態を作っておくことが望ましいですね。
人に相談できない悩みを抱え込むような状況は、できるだけ避けたほうが賢明です。
「健康な自責」と「有害な自責」の違いとは?一人で抱え込まない思考法
何か失敗したとき、自分を激しく責めてしまう人も多いと思います。自分を責めること自体は悪いことなのでしょうか?
失敗したときに自分を責めること自体は、決して悪いことではありません。大切なのは「その中身」です。
「自分がやったことのどこが良くなかったのか」を分析・考察するような反応は「健康な自責」と言えます。しかし、そこから「自分は何をやってもダメな人間だ」と不合理に自分全体を否定し続けてしまうのは「有害な自責」です。
有害な自責に陥らないためには、どう対処すればよいでしょうか?
他人に相談して客観的な意見をもらうことが一番ですが、どうしても相談できる人がおらず一人で抱え込んでしまう場合もありますよね。
その場合は、「他人から見たらこの状況はどう見えるだろうか?」と考え抜くことが重要です。自分の中に「仮想の誰か」を置いてセルフ対話をしてみる。「あの状況なら仕方ない部分もあったのでは?」「こういう良い面もあったよね」と別の視点を取り入れることで、偏った自責から抜け出しやすくなります。
最重要キーワード「情動粒度」とは?言葉にすることで感情を整理する
ここから本日の核心である「情動粒度」についてお伺いします。心理学において「感情」と「情動」はどのように区別されているのでしょうか?
実は「感情とは何か」という根本は心理学でもまだ解明されきっていない部分が多いのですが、私の専門分野では以下のように区別します。
 |
感情と情動の表現の違い |
- 情動(emotional):脳や身体の生理的反応
- 感情(feeling):自分がどう体験し、どう認識しているか
そして、その感じ取ったものをどれだけ細かい解像度で言葉に変えていけるかを表す概念が「情動粒度」です。
粒度が粗い・細かい。というのは、具体的どういうことでしょうか?
粒度が粗い人は、自分の気持ちを「ヤバい」「ムカつく」「エモい」といった大雑把な単語で括ってしまいます。一方、粒度が高い人は「これは相手への怒りなのか、期待が外れた悲しみなのか、それとも自分の不甲斐なさに対する恥なのか」と細かく言語化できます。
相手の気持ちを理解する際も同様です。単に「喜んでいる」「怒っている」という表面的な喜怒哀楽だけでなく、「なぜ今その感情になっているのか」という背景も含めて判断する必要があります。「相手の立場だったらどう感じるか」を考えるためにも、情動粒度が高くなければ複雑な人の心を理解することはできません。
言語化して感情の解像度を高めるトレーニング
自分の感情を細かく言葉にするのは、慣れていない人にとっては難しく感じます。情動粒度を高めるためのトレーニング方法はありますか?
自分の感情を誰かにうまく伝えるのは簡単ではありませんし、必ずしも人に話す必要はありません。おすすめなのは、日記のように文字に書き出すことです。それだけで十分な気持ちの整理になります。
書き始める際は、いきなり抽象的な感情を書こうとするのではなく、「今日体験した具体的な出来事」をベースにするのがコツです。
そうです。「〇〇さんにこんなことを言われた」という具体的な体験を書き、そこから「何が嫌だったのか」「なぜそう感じたのか」を掘り下げていきます。
書き進めるうちに、「自分はあの人のこういう態度に不当さを感じて腹が立っていたんだな」などと腑に落ちてきます。自分の本当の感情が言語化できると、「だからモヤモヤしていたんだ」と納得でき、適切な距離感を保つなどの冷静な対処法が見えてくるのです。
ネガティブな感情と向き合い、自分を受け入れる
最後に、一生懸命やっているのにうまくいかず、ネガティブな感情に悩んでいる読者へメッセージをお願いします。
どれだけ一生懸命やっていても、うまくいかない時はありますし、周囲が自分の思いや頑張りを常に理解してくれるわけではありません。「世の中に受け入れられたい」「嫌われたくない」と願うのは人間として当たり前の感情です。
だからこそ、失敗したときに自分を責めたり、恥ずかしくなったり、ネガティブな気持ちが押し寄せてきたりするのもごく自然なことです。
ネガティブな感情は決して「悪者」ではなく、自分が置かれている状況や行動を振り返るための大切なサインです。
嫌な感情が湧いてきたら排除しようとするのではなく、「自分は今こう感じているんだな」と受け止めてみてください。そして日記などを通じて「何が起きて、どう感じたのか」を言語化し、情動粒度を高めていくことで、自分自身をより深く理解し、冷静に次の一歩を踏み出すことができるはずです。
本日は貴重なお話をいただき、ありがとうございました。

画像引用:札幌国際大学
まとめ(取材を終えて)
今回の岡田先生へのインタビューで最も印象的だったのは、自分の心を整え、他者を理解するための「情動粒度(感情の解像度)」の重要性です。
感情的になったときや悩みを抱えたときほど、私たちは大雑把な言葉に逃げたり、深く考えることをやめて先入観で判断したりしてしまいがちです。
そんな時こそ、ノートを開き、体験した出来事と向き合って自分の感情を細かく言葉にしてみる。この「情動粒度を高める習慣」こそが、健全な自己分析を生み、揺らぎやすい現代社会を冷静に生き抜くためのしなやかな強さになるのだと実感しました。